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大戸川ダム建設予定地を視察
平成20年11月13日(木) 大戸川ダム建設予定地を視察
4府県知事が共同意見書を提出し、大戸川ダムの建設中止を要請した。桂川改修、宇治川の河道改修を経て、天ケ瀬ダムの再開発が可能になる。さらに瀬田川洗堰から下流の河道改修が必要となり、初めて1500トン放流が可能になる。この時点で大戸川ダムは威力を発揮する。中止に代わる代替策は何なのか。河道改修と堤防強化を、さらに進めることなのか。そのことの方が、環境破壊につながるのではないか。またコストはどうなるのか。



活動報告3
引き続き「建国記念の日」に思う。
写真は「文久山稜図」の成功図である。神武陵は1860年前後で修復されている。そして今日に至るまで、幾度か修復されてた。すべての天皇陵も同様である。われわれは修復された墓蹟を見ている。今回「神功皇后陵」の立ち入りが学識者に許可された。エジプトも中国も王家の墓蹟は公開され研究の対象となっている。日本はどうか。情報公開は行政、議員だけが対象でははない。個人も団体も、情報公開に耐えうるものがけが生き残る。


活動報告2
2月11日「建国記念の日」に思う
紀元前660年の元日が建国の年月日であるとされている。「日本書紀」には「辛酉年の春、正月元日に天皇・橿原の宮に即位す。」と記載がある。いつの辛酉年かは不明。明治期の歴史学者・那珂通世が中国の「辛酉革命説」の讖緯説に基づいて解釈し、推古9年(601年)から1260年遡り、紀元前660年と定めた。江戸後期の国学者・伴信友の説が元になっているらしい。なぜ推古9年が基準で、なぜ1260年遡る必要があったのか。今日の視点での解明が必要とされる。写真は「文久山稜図」に示された「神武陵」の荒蕪図である。1860年頃までは、天皇陵は荒れ果てたままであったといえる。



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